大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所岡山支部 昭和61年(ネ)85号 判決 1994年10月27日

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は全て控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1[昭和六一年(ネ)第八五号事件]

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人日地良雄は、控訴人らに対し、各金三八五万円及びこれに対する昭和五六年一二月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被控訴人日地良雄の反訴請求を棄却する。

(四)  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、第一、二審とも被控訴人日地良雄の負担とする。

2[平成四年(ネ)第一〇号事件]

(一)  原判決を取り消す。

(二)  被控訴人黒住牧子は、控訴人らに対し、各金四〇五万五〇〇〇円及び内金三六九万円に対する昭和五六年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人黒住牧子の負担とする。

(四)  (二)項、(三)項につき仮執行宣言

二  被控訴人日地良雄

主文同旨

三  被控訴人黒住牧子

主文同旨

第二事案の概要

一  請求

1  控訴人らの被控訴人日地良雄に対する請求(岡山地方裁判所昭和五六年(ワ)第八八一号[甲事件])

本件は、普通乗用自動車(以下、「本件自動車」という。)と衝突事故を起こした自動二輪車(以下、「本件二輪車」という。)に乗車していて死亡した塩尻明久の父母である控訴人らが、塩尻明久は本件二輪車の後部座席に同乗していたもので本件二輪車を運転していたのは被控訴人日地良雄であった旨主張し、自賠法三条に基づき被控訴人日地良雄に対して損害賠償(損害合計七七〇万五二五〇円の内金である七七〇万円を、控訴人らにつき各二分の一宛である各金三八五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五六年一二月二三日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)を請求した事件である。

2  控訴人らの被控訴人黒住牧子に対する請求(岡山地方裁判所昭和五九年(ワ)第三九八号[乙事件])

本件は、本件自動車と衝突事故を起こした本件一輪車に乗車していて死亡した塩尻明久の父母である控訴人らが、自賠法三条(人損につき)及び民法七〇九条(物損につき)に基づき、本件自動車を運転していた被控訴人黒住牧子に対して損害賠償(損害合計一一二三万九二五〇円の内金八一一万円を、控訴人らにつき各二分の一宛である各四〇五万五〇〇〇円及びその内金三六九万円に対する不法行為の日の翌日である昭和五六年七月二九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)を請求した事件である。被控訴人黒住牧子は、本件二輪車を運転していたのは塩尻明久である旨主張し、過失相殺(抗弁)を主張している。

3  被控訴人日地良雄の控訴人らに対する請求(岡山地方裁判所昭和五六年(ワ)第九三八号[丙事件])

本件は、被控訴人日地良雄が控訴人らに対し、甲事件の提起が不法行為に当たる旨主張して、民法七〇九条に基づき損害賠償(損害金一三五万円及びこれに対する不法行為の日[甲事件提起の日]の翌日である昭和五六年一二月一二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金)を請求した事案である。

二  (争いのない事実等)

(なお、以下に掲記する証拠番号は、特に断らない限り、甲・丙事件におけるものであり、枝番号を含む。)

1  被控訴人黒住牧子は、昭和五六年七月二八日午後六時五〇分頃、岡山市築港新町一丁目一八番五号先の信号機による交通整理の行われている交差点において、同被控訴人が所有し、自己のために運行の用に供する本件自動車を運転して立川町方面からあけぼの町方面に向け、青色信号に従って右折する際、対向車線を郡方面から立川町方面に向け直進進行してきた塩尻明久(昭和三八年一二月二〇日生、当時岡山日大高校三年生)及び被控訴人日地良雄(昭和三八年四月二五日生、当時岡山理大付属高校三年生)の乗車する本件二輪車(登録は橋本芳枝名義であり、橋本享典が所有する。)と衝突して転倒させ、その結果、塩尻明久は、腹部、胸部外傷等の傷害を受け、同日午後一〇時五七分頃搬送先の岡山労災病院において大量内出血により死亡した(争いのない事実のほか、甲一、一二、一五、乙一ないし四、乙事件の甲一五、証人石原徹、被控訴人日地良雄)。

2  控訴人らは塩尻明久の父母であり、塩尻明久の本件事故による損害賠償請求権を相続し、自賠責保険から二〇〇〇万円を受領した。

3  控訴人らは、昭和五六年一二月一一日、被控訴人日地良雄に対し、本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄であり、同乗者が塩尻明久であった旨主張して、本件損害賠償請求訴訟[甲事件]を提起した。

しかるに、本件事故を捜査した岡山南警察署は、本件二輪車の運転者は塩尻明久であり、被控訴人日地良雄は同乗者であったとして事件を送検しており、岡山地方検察庁も、同月一六日、塩尻明久を業務上過失傷害罪の被疑者とした上、被疑者死亡を理由として同人を不起訴処分とした。

三  (主な争点)

1[甲事件]

主な争点は、<1>本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄と塩尻明久とのいずれであったかであり、<2>仮に本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄であったとすれば、次に、損害額が争点となる。

2[乙事件]

主な争点は、請求原因のうちの損害額、並びに、抗弁の過失相殺の認否(本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄と塩尻明久とのいずれであったか)及びその程度である(被控訴人黒住牧子は、過失相殺の抗弁を主張し、本件二輪車の運転者は被控訴人日地良雄ではなく塩尻明久であり、塩尻明久には著しい速度違反、前方不注視及び安全運転義務違反の過失があったから、その過失割合は五割を下らない旨主張する。)。

3[丙事件]

主な争点は、<1>控訴人らが、刑事手続において警察及び検察により本件二輪車の運転者が塩尻明久であるとの判断がされており、これを覆すに足りる確たる証拠もないままに、また、本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄ではないことを容易に知り得べき事情があったのに、単に被控訴人日地良雄に対し損害を加えることを目的として本件損害賠償請求訴訟(甲事件)を提起したのか否か、すなわち、甲事件の提起が公序良俗に反するか否かであり、<2>仮に、控訴人らによる甲事件の提起が不当訴訟(不法行為)であるとすれば、次に、被控訴人日地良雄の損害額が争点となる。

第三争点に対する判断

一  本件二輪車の運転者[甲・乙・丙事件]

1  本件事故前後の状況等

証拠(甲八、一五、乙一ないし五一、五三ないし五五、六一、証人吉田元輝、被控訴人日地良雄)によれば、<1>昭和五六年七月二八日(本件事故当日)午後七時前頃、塩尻明久の友人である橋本享典の自宅に集まった橋本、塩尻明久、被控訴人日地良雄、藤田和彦、木林義春外二名は、岡山市並木町にある喫茶店「ホンキートンク」に行くことになり、塩尻明久が橋本から本件二輪車を借りた上、塩尻明久(身長一六五センチメートル)が白色ポロシャツ、エンジ色に白色縦線入りズボンに青色ヘルメット、被控訴人日地良雄(身長一七五センチメートル)が紫色のTシャツ、紺色ジャージズボンに白色ヘルメットといういでたちで、塩尻明久が本件二輪車の運転席に乗り、被控訴人日地良雄がその後部座席に同乗したこと、<2>藤田が運転して木林が後部座席に同乗した自動二輪車が出発したのに続いて、間もなく塩尻明久の運転する本件二輪車も出発したこと、<3>藤田運転の自動二輪車が橋本宅を出発して本件事故現場に至る途中、南北に直線に延びる道路を時速約八〇キロメートルで北に進行中、運転席の藤田と後部座席の木林がそれぞれ後方を振り返ったところ、約一〇〇ないし二〇〇メートル後方を、出発のときと同じ青色ヘルメットを被った塩尻明久の運転する本件二輪車が追従してきており、本件事故現場から南へ約三〇〇メートルの地点にある交差点を右折して追従してくるのが見えたこと、<4>藤田と木林は、本件事故現場を通過して北へ約二〇〇メートルの地点にある交差点で停止して再度後方を振り返った際、本件事故の発生に気付いたことがそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の本件事故に至るまでの状況、すなわち、藤田及び木林が後方を振り返って本件二輪車を塩尻明久が運転して追従していることを確認し、時速約八〇キロメートルで約三〇〇ないし四〇〇メートルを走行して再度振り返って本件事故の発生に気付くまでの僅かな時間の間に本件事故が発生しており、その間に本件二輪車の運転者が塩尻明久から被控訴人日地良雄に交代することが事実上不可能であると認められるという状況によれば、本件事故の際本件二輪車を運転していたのは塩尻明久であるものと推認することができる。

ところで、本件事故現場に居合わせた井上美紀は、陳述書(甲七)、警察官調書(甲二〇)及び当審において、<1>本件二輪車の運転者が白色ヘルメットを被っていた、<2>後部座席の同乗者が赤っぽい色に白色縦線が入ったズボンを穿いており、小柄で運転者にしがみついている感じであった旨、本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄であったことを推認させる供述をしているけれども、当審における供述によれば、井上美紀は、衝突の瞬間は見ていない上、本件二輪車に乗車した塩尻明久及び被控訴人日地良雄を目撃した時間も一瞬に過ぎないことが認められ、また、右<1>、<2>についても、検察官調書(甲一七)においては、わからない旨答えているなど供述が変遷していることを踏まえれば、前記認定を覆すに足りないものと言うべきである。また、同じく事故現場に居合わせた三宅百合恵は、陳述書(甲七)において、右<1>、<2>のほか、「ぶつかった瞬間後ろに乗っていた人が左に飛ばされた」旨、警察官調書(甲一九)においては、後部座席の同乗者がエンジ色のズボンを穿いていた旨、いずれも本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄であったことを推認させる供述をしているけれども、三宅百合恵の検察官調書(甲一六)及び当審における供述によれば、衝突音がした後本件事故現場を見たものであって、衝突の瞬間は見ておらず、右<1>、<2>の点も見ていないこと、エンジ色のズボンを穿いていたのが運転者か同乗者かもわからないこと、右<1>、<2>と同旨の内容が記載された陳述書(甲七)には控訴人塩尻章三から頼まれるまま署名押印したにすぎないことが認められるのであるから、前記認定を覆すに足りないものと言うべきである。さらに、当審において、本件二輪車の後部座席の同乗者のズボンの色が赤であった旨の作成日付けのない難波豊美作成名義の陳述書(甲二一)が提出されているけれども、にわかに措信し難く、前記認定を左右しない。

また、証拠(甲八、一〇、一五、証人田井[黒住]牧子、被控訴人日地良雄)によれば、本件事故後、被控訴人日地良雄が本件事故現場近くの天満屋ハピータウン岡南店内のトイレに駆け込み、被控訴人黒住牧子、被控訴人日地良雄の友人伊藤孝之等が呼び掛けてもなかなか出てこなかったことが認められ、これは一見やや不自然な行動とみられるけれども、同時に右証拠によれば、被控訴人日地良雄は、衝突のショックにより路面に投げ出されたが、すぐ気がついて起きあがり、塩尻明久が血を流して倒れているのを見て、救急車を呼ぼうと右ハッピータウンの公衆電話の方へ向って横断歩道を渡ったが、このとき、救急車は呼んだという女の人の声が聞こえたものの同被控訴人は吐き気がしたのでそのままハッピータウン内のトイレに駆け込んだものであって、故意にトイレの中に隠れたものではなかったことが認められるので、右事実も前記認定を左右するものではない。

2  自動車工学等に基づく鑑定

鑑定の結果(鑑定人江守一郎、同樋口健治)によれば、本件自動車及び本件二輪車の損傷の部位及び程度、本件自動車の付着物、ヘルメットの損傷の部位及び程度、塩尻明久及び被控訴人日地良雄の負傷の部位及び程度、本件事故現場のスリップ痕、塩尻明久及び被控訴人日地良雄の転倒位置等の状況に、自動車工学の知見を適用すれば、本件二輪車の運転者は塩尻明久と推定されることが認められ、本件二輪車の運転者が塩尻明久であるとの前記認定が自動車工学の知見に何ら矛盾しないことが認められる。

これに対し、鑑定人上山滋太郎は、鑑定及び当審における証言において、主として法医学の観点から、本件二輪車の運転者は被控訴人日地良雄であったと考える方が整合性が高い旨判断し、その主な根拠として、被控訴人日地良雄の<1>右腰部痛、<2>左手の突き指、<3>右側腹部の打撲傷の存在を指摘している。しかしながら、同鑑定人が、<1>右腰部痛は、平坦な路面で生じたものではなく、塩尻明久の右肩付近ないし顔面(ヘルメット)に衝突した打撲によるとする点、<2>左手の突き指は、本件二輪車の左ハンドルグリップが本件自動車の左前部ドアに接触した際生じたものであり、塩尻明久の左手には突き指がなかったとする点、<3>右側腹部の打撲傷は、本件二輪車の前面構造物との衝突ないしは右ハンドルとの衝突により生じたとする点のいずれについても、根拠に乏しく、論理の進め方に飛躍があり到底是認できない。同様に、同鑑定人が、<4>被控訴人日地良雄が軽症で塩尻明久が重症であったのは、塩尻明久が同乗者であったため本件自動車に衝突し、被控訴人日地良雄は運転者であったためそれよりも一瞬早く飛び出し、本件自動車の左側面と擦過的な衝突のみで済んだためであるとする点についても、何ら的確な根拠を示していない。結局、同鑑定人の鑑定及び証言は、本件二輪車の運転者が塩尻明久であるとする前記認定を左右するものたり得ない。

3  結論

以上によれば、本件二輪車の運転者は塩尻明久であり、被控訴人日地良雄は後部座席に同乗していたものと認められる。

二  塩尻明久の損害額[乙事件](控訴人らの主張額一一二三万九二五〇円)

1  逸失利益(主張額一八一二万九二五〇円[当審において主張を改めた。]) 一八一二万九二五〇円

塩尻明久は、昭和三八年一二月二〇日生まれで、本件事故当時一七歳の男子高校生であり、昭和五八年四月(一九歳)には就職予定であった(甲一、一五、控訴人塩尻章三)。

ところで、昭和五六年賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計の一九歳男子労働者の年間平均給与額は一五八万七五〇〇円、本件事故当時の一七歳から六七歳までの就労可能年数五〇年に対応する新ホフマン係数は二四・七〇一、右一七歳から就労開始年齢までに二年に対応する新ホフマン係数は一・八六一であり、生活費控除割合は五〇パーセントが相当であるから、塩尻明久の逸失利益は、左記計算式のとおり一八一二万九二五〇円と認めるのが相当である。

1,587,500×(24.701-1.861)×0.5=18,129,250

2  慰謝料(主張額一二〇〇万円) 九〇〇万円

諸般の事情を総合考慮すると、塩尻明久の死亡による慰謝料は、九〇〇万円と認めるのが相当である。

3  本件二輪車の破損(主張額三八万円)

塩尻明久が本件二輪車の破損により損害を受けた事実を認めるに足りる証拠はない(既に認定したとおり、本件二輪車は、橋本享典の所有[登録名義は橋本芳枝]である。)。

4  弁護士費用(主張額七三万円)

本件二輪車の運転者が塩尻明久であったことは既に認定したとおりであり、後に説示するとおり、過失相殺の結果塩尻明久の他の損害項目については既に填補済みであるから、弁護士費用を損害として計上することはできない。

5  損害の填補 二〇〇〇万円

控訴人らが、自賠責保険より二〇〇〇万円の填補を受けたことは当事者間に争いがない。

三  過失相殺[乙事件]

証拠(甲四ないし六、一四、一五、一八、乙一ないし五一、乙事件の甲一五、一六、証人田井[黒住]牧子、被控訴人日地良雄、鑑定の結果[鑑定人樋口健治])及び弁論の全趣旨によれば、<1>本件事故の現場は、南北に通ずる片側二車線の道路と東西に通ずる東方向片側一車線、西方向片側二車線の交差する見通しの良い交差点であり、付近の制限速度は時速四〇キロメートルであったこと、<2>被控訴人黒住牧子は、本件自動車を運転して時速約四〇キロメートルで走行し、北から本件事故現場に差し掛かり、対面青色信号を見て、右折の合図を出しながら減速し、交差点北側入口で対向車のないことを確認したが、その後は、右折先の道路状況に気を取られ、対向車線の安全を確認しないまま時速一五ないし二〇キロメートルで右折を開始したこと、<3>塩尻明久は、本件二輪車の後部座席に被控訴人日地良雄を同乗させて運転し、制限速度を大幅に超える時速約八〇キロメートルで南から本件交差点に差し掛かり、やや減速したのみで直進しようとしたところ、交差点南側入口手前で自車の進路上に対向車線から本件自動車が右折進入してきたのを発見し、あわてて急制動の措置をとったが間に合わず、自車の前部を右折途中の本件自動車の左側面後部に衝突させ、本件事故が惹起したことがそれぞれ認められる。

右認定の事実関係によれば、本件事故について、被控訴人黒住牧子には前方不注視及び対向車に対する安全確認義務違反の過失が存する一方、塩尻明久にも著しい速度違反、前方不注視、対向右折車に対する安全確認義務違反の過失があるものと認められ、現場の道路状況や双方の過失の内容程度を総合勘案すると、本件事故における双方の過失割合は五分五分と認めるのが相当である。

すると、被控訴人黒住牧子が控訴人らに賠償すべき損害額は、前記認定の損害額合計二七一二万九二五〇円の二分の一である一三五六万四六二五円となるところ、前記認定のとおり、控訴人らは既に自賠責保険から二〇〇〇万円の填補を受けているから、本件事故に関する被控訴人黒住牧子の損害賠償債務は残存しないこととなる。

四  不当訴訟[丙事件]

控訴人らが甲事件を提起するに至った経緯について、証拠(甲一五、乙事件の甲一五、一六、証人吉田元輝、同日地啓夫、同井上美紀、同三宅百合恵、同石原徹、控訴人塩尻章三[一部]、被控訴人日地良雄)及び弁論の全趣旨によれば、<1>控訴人塩尻章三は、昭和五六年七月二八日(本件事故の当日)、本件事故現場において実況見分中の警察官に対し、本件二輪車の運転者が塩尻明久らしいこと、同人が重傷を負って岡山労災病院に搬送されて手当てを受けていること、本件二輪車の後部座席に同乗していた者が佐藤病院で手当てを受けていることをそれぞれ申告し、その後、佐藤病院に入院中の被控訴人日地良雄を見舞い、被控訴人日地良雄の父日地啓夫に対し、塩尻明久が運転していて本件事故を起こして申し訳ない旨申し述べたこと、<2>控訴人塩尻章三は、その後、本件事故直後被控訴人日地良雄が近くのトイレに駆け込みなかなか出て来なかったことを聞き、その不自然な態度から見て本件二輪車の運転者は被控訴人日地良雄ではなかったのかとの疑念を抱くに至り、目撃証人捜しを始め、当時天満屋ハッピータウン岡南店でアルバイトをしていた井上美紀、三宅百合恵ら(同人らは、当時高校三年に在学中であった。)が、事故のころ付近のバス停でバスを待っていたことを知るに及んで、度々井上美紀を訪ねた上、同年八月二四日頃衝突自体は目撃しておらず、本件二輪車の運転者が塩尻明久と被控訴人日地良雄とのいずれであるか自信のなかったのに、あたかも衝突の瞬間を目撃し本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄であったことが確実であるかのような陳述書(甲七)を作成させ、三宅百合恵にも、陳述書(甲七)の末尾に「ぶつかった瞬間後ろに乗っていた人が左に飛ばされた」旨虚偽の事実を記載させるなどの証拠収集活動を行い、本件事故について捜査を行っていた岡山南警察署に井上美紀、三宅百合恵等四名の目撃者を参考人として聴取するよう申し入れたこと、<3>岡山南警察署では、同年七月二八日(本件事故当日)は被控訴人黒住牧子の立会いを、同年八月三一日には被控訴人日地良雄の立会いをそれぞれ得ていずれも本件事故現場の実況見分を行い、同年八月七日には控訴人塩尻章三の立会いの下、本件自動車及び本件二輪車の損傷状況等の実況見分を行い、さらに控訴人塩尻章三が申し入れた右四名を参考人として聴取するなど慎重な捜査を行い、うち二名は本件二輪車の運転者を特定するに足りる目撃をしていないこと、井上及び三宅の供述についても信用性に欠けることが判明したため、捜査資料を総合的に検討した上、結局本件二輪車の運転者は塩尻明久との判断に至ったこと、<4>控訴人塩尻章三は、岡山南警察署の捜査と並行して独自の証拠収集活動を行い、岡山南警察署の警察官からその行き過ぎを注意されても止めようとしなかったこと、<5>控訴人らが甲事件を提起した昭和五六年一二月一一日の時点で、本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄であることを示す証拠として収集し得ていたものは、井上及び三宅の前記陳述書(甲七)のほか、本件二輪車の運転者は被控訴人日地良雄だと思う旨被控訴人黒住牧子が述べたとする吉田露男弁護士作成のメモ(甲一三)に過ぎず、しかも、陳述書(甲七)及びメモ(甲一三)が信用性に乏しいことは甲事件を提起した時点で十分承知していたこと(陳述書[甲七]が作成された経緯は前記認定のとおりであり、また、証人田井[黒住]牧子の証言によれば、被控訴人黒住牧子は、衝突前本件二輪車に気付いておらず、本件二輪車の運転者が塩尻明久と被控訴人日地良雄とのいずれであるかわからないこと、被控訴人黒住牧子は、控訴人塩尻章三と吉田露男弁護士が面会に来た際、その旨を答えたことが認められる。)、<6>控訴人塩尻章三は、岡山南警察署から本件事故の捜査状況を聞いており、本件事故直後被控訴人日地良雄がトイレに駆け込みなかなか出てこなかったことについても、それ自体は不自然といい得る行為であるから、当初疑念を抱いたことは無理からぬこととしても、遅くとも甲事件を提起した時点では、これが吐き気のためであって一応理由のある行為であったことを被控訴人日地良雄らから聞いて知っていたと思われること、<7>控訴人塩尻章三は、本件二輪車及び本件自動車の損傷の部位及び程度等に基づき、本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄であったとの推論を行っていたが、右推論は科学的な裏付けを持たない当て推量にすぎなかったこと(後に当審において本件二輪車の運転者を被控訴人日地良雄と推定する専門家による法医学鑑定[鑑定人上山滋太郎]が出されたが、既に説示したとおり右鑑定は根拠に乏しく、また、控訴人らが右鑑定を一つの根拠として甲事件を提起した訳でもない。)、<8>控訴人塩尻豊子も、甲事件を提起した時点において、それまでの控訴人塩尻章三の活動や収集し得た証拠の内容、岡山南警察署の捜査の状況、判断等について控訴人塩尻章三から聞いて承知していたと思われること、<9>控訴人らは、甲事件を提起した時点において、本件事故の捜査を担当した岡山南警察署が慎重な捜査の結果、本件二輪車の運転者を塩尻明久と判断していることを承知しており、送検をうけた岡山地方検察庁においても早晩同じ判断が示されることを十分予想し得たことがそれぞれ認められる。

右認定の事実関係によれば、確かに、控訴人らが専ら被控訴人日地良雄に損害を加えることのみを目的として甲事件を提起したものとまでは認められないものの、本件二輪車の運転者が被控訴人日地良雄であったと特段の根拠もないまま思い込み、被害感情に駆られ、本件事故の捜査を担当した岡山南警察署が慎重な捜査の結果本件二輪車の運転者を塩尻明久と判断し、事件の送致を受けた岡山地方検察庁も早晩同じ判断を示すことが十分予想し得たにもかかわらず、この判断を覆すに足りる的確な証拠を全く所持しないまま、したがってまた、勝訴する見通しもなかったにもかかわらず、甲事件を提起したことが認められる。

このような控訴人らの甲事件の提起は、もはや裁判を受ける権利の正当な行使とは言えず、不当訴訟として不法行為に当たるものと言うべきである。

五  被控訴人日地良雄の損害額[丙事件]

1  弁護士費用(請求額三五万円) 三五万円

弁論の全趣旨によれば、被控訴人日地良雄は、甲事件の応訴のため被控訴人代理人と訴訟委任契約を締結し、着手金として三五万円を支払ったことが認められる。そして甲事件の事件の性質、難易度、請求金額、訴訟の経緯等諸般の事情を総合考慮すれば、右三五万円は本件不当訴訟(不法行為)と相当因果関係のある損害であると認められる。

2  慰謝料(請求額一〇〇万円) 一〇〇万円

前記認定の事実関係、特に、本来被害者として控訴人らに対し損害賠償を請求できる立場にありながら、逆に控訴人らから本件二輪車の運転者であったとの汚名を着せられ長時間甲事件の対応を余儀なくされた等諸般の事情を総合勘案すれば、被控訴人日地良雄は少なからぬ精神的損害を受けたものと認められ、これに対する慰謝料は一〇〇万円と認めるのが相当である。

第四結論

以上の次第で、被控訴人日地良雄の請求[丙事件]は理由があるからこれを認容すべきであり、控訴人らの被控訴人らに対する各請求[甲事件及び乙事件]は理由がないからこれらを棄却すべきであって、これと同旨の原判決は相当である。

よって、本件各控訴はいずれも理由がないからこれらを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅田登美子 渡邊雅文 池田光宏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例